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2013年9月 6日 (金)

原発スラップ裁判をご支援いただいた皆様へのご報告 田中稔

原発スラップ裁判をご支援いただいた皆様へのご報告
2013年9月5日 
ジャーナリスト 田中稔

1年5カ月間に及ぶ闘いをご支援いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。以下の通り、ご報告を致します。

一、 事件が終結に至った経緯について
2013年7月30日、被告(当時)の長年の友人(立会人)から連絡が入り、原告(当時)との面談を打診されました。被告としては原告本人への直接取材の経験がなく、自分の目で原告を確認し肉声を聞きたいと考え、面談を希望しました。
8月2日(金曜)午後、新橋の喫茶店で3人(原告、立会人、被告)が面談しました。立会人は原告とは長年の友人であると同時に、被告とも長年の友人であり恩人でもあります。
原告が「裁判を取り下げたい」「訴訟費用は双方が負担」と自らの訴訟方針を表明しました。当方はこの表明を黙って聞きました。取り下げの表明に驚き、その場で同意するかは明言を避けました。一切の約束を交わさず、数分も経たないうちに自分の飲み物代を支払い、分かれました。
土曜・日曜をはさみ、被告は5日(月曜)に代理人である芳永克彦弁護士に対して原告が裁判の取り下げを表明した事実を伝え、取り下げに被告が同意したい旨を明確に伝えました。翌6日(火曜)、被告は(株)金曜日の北村肇社長及び伊田浩之週刊金曜日企画委員にも同様に事実を伝え、被告が取り下げに同意したい旨を伝えました。週刊金曜日側は諸課題が残っており、早期の同意に難色を示しました。
12日(月)、原告は東京地裁に訴えの取り下げ書を提出し、東京地裁は同書を即日で受理しました。取り下げへの対応をめぐり、被告・代理人弁護士・週刊金曜日の3者で打ち合わせをすべく日程を調整しました。被告側は翌13日から日程を空けて待機していたところ、週刊金曜日側の3氏が夏休み中でもあり、結局、打ち合わせは16日(金)までずれ込みました。本来予定されていた19日(月)の原告・被告双方の証人尋問を控え、タイムリミットぎりぎりの話し合いとなりました。16日、四谷総合法律事務所にて、被告・芳永弁護士、平井康嗣編集長の3人で話し合いました。被告は訴訟当事者として勝利的な終結を確定するため、同意すべきと主張しました。約1時間以上に及んだ話し合いで早期の同意に態度を留保する週刊金曜日との見解の相違を埋めることができず、誠に不本意ながら被告自らが東京地裁民事18部に赴き、同意書に署名・捺印をしました。

二、 被告が取り下げに同意した理由について
法廷上で原告が訴えを取り下げるという事実は、実質的には被告側にとって勝利的な終結であることを意味します。裁判上の和解ではなく、裁判上の単なる取り下げです。なお、取り下げ書に但し書きとして「和解」という文字が入っていますが、この「和解」とは裁判外での面談以降、取り下げと裁判費用の双方負担という点で合意したという意味の和解に他なりません。そのことは16日の3者による話し合いの場できちんと説明しました。
 今回の取り下げについて、もし被告が同意せず、本件訴訟を継続した場合、どうなっていたでしょうか。判決はもちろん読めませんので、あくまでも推論となりますが、被告が敗訴する可能性は十分にありました。原告とファクタ出版(株)の裁判でも先日、ファクタ出版に110万円の賠償命令が下り、控訴をしなかったため確定しました。
ファクタ出版の裁判は本件事件とは争点は違ったものの、取材力の豊富な記者による緻密な記事であったにもかかわらず、110万円の賠償命令が下ったのです。それほど名誉毀損訴訟は表現者の側に不利な裁判なのです。
特に本件記事にある「塀の上を歩き続けた」との表現は名誉毀損裁判上、極めてハードルが高いと被告代理人弁護士から指摘されてきました。7月16日から始まった朝日新聞による原告への追及記事を応援材料として証拠提出したにせよ、「塀の上を歩き続けた」との表現は被疑者を連想させ、この表現をクリアできたかどうかは不透明でした。
ですから、取り下げに同意して事件を早期に終結させることは被告側にとって極めて有利なことと考えました。
 しかも、同意の判断を遅らせた場合、原告側がいつ心変わりをして、様々な理由を付けて取り下げを撤回したかもしれません。激しい駆け引きと共に限られた時間での迅速な決断が迫られました。
 さらに1年5カ月に及ぶ弁論の準備には大変な労力を注ぎました。土地・建物・法人登記簿や企業調査資料など証拠提出書類は144点、4回に及ぶ準備書面の作成、陳述書の依頼、法廷に提出した書面は合計約1200頁以上にも及びました。証言集めや裏付け作業などに追われ、被告は心身ともに疲れ果てていました。
職場を巡る環境も極めて厳しい状況下、中堅幹部として本来は踏ん張らなければならない時に、高額訴訟の重圧が脳裏から常に離れず、重要案件も上の空で仕事にも力がこもらず、職場同僚・同志たちに迷惑をかけ続けてきました。
また、被告の家族構成では子どもがまだ小さく、事件を抱えていることによる家族からの不安の声は絶えませんでした。「お父さん、自殺しないでね」と、子どもの口から出た言葉に、ハッとしました。こんなに心配しているのかとショックを受けた次第です。こうした苦痛の日々から一刻も解放されたかったのが正直な心情でした。
ご支援いただいた皆さん、「勝たせる会」の世話人の皆さん、週刊金曜日の皆さん、代理人弁護士のご支援がなければ今日まで闘い抜けたかどうかは分かりません。
取り下げに同意することで被告側にとって勝利的に終結できるならば、一刻も早く確定させたい、と被告は願いました。今回の被告の選択は決して間違っていなかったと確信しています。三者の協議で見解の相違が埋まらなかったことは極めて残念なことではありましたが、被告自らの方針を貫いた次第です。  以上

 

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